川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

すき焼 壹与

朝、台風20号が近くにあるせいか昨日から風が強いので家でバイクを漕ぎました。それでも日中は窓を開けて快適なくらいです。

今日は「日本史1200人」の第2番の壹与です。

魏志倭人伝によると、卑弥呼の死後、後継者として立てた男王を不服として国が内乱状態となり、千余人が誅殺し合った。そこで卑彌呼の宗女である壹與を13歳の女王として立てた結果、倭国は遂に安定した。魏の楽浪郡の使者である張政らは(幼くして新女王となった)壹與に対し、檄文(召集や通告等のふれ文)の内容を判りやすく具体的に説明した。

「巫女ですよ楽し嬉しのすき焼よ 壹与 に感じて 端遊」

すき焼きが11月の季語です。壹与はみんなに教えられて女王の役目を果たしたと思います。それにしても、張政は何語を話したのか、日本に文字の無い時代にふれ文とは・・・疑問は尽きません。壹與は張政らの帰還の際には二十人を随行させ、男女生口三十人を献上し、珠・錦を貢いでいます。生口は戦の捕虜としての奴隷のようです。

すき焼きは、幕末の外国人居留地から伝わった牛鍋をイメージしています。当時の日本には肉牛畜産業がなかったため、中国や朝鮮などから食用牛を仕入れていました。


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