川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

お歳暮 43 藤原麻呂

昨日は嫁さんの携帯を開通するのに七転八倒しました。IDとパスワードが違っていたり、携帯会社の方で不具合が生じたり・・・とにかく疲れました。その後、昔からの友がチョッと深刻な報告を持ってきました。僕は聞いているだけでした。で、今日はほぼ2ヶ月ぶりに隣町のランでした。家を出る時は雨が降っていたのですが、向こうについたら晴れて、楽しく走りお喋りして来ました。

「日本史1200人」の第43番の藤原麻呂(695〜737)です。

藤原不比等の四男であるが、兄達が順調に昇進する中、麻呂のみ昇進の機会がなかった。726年、麻呂の管轄から白鼠を献上すると2階昇進した。また、長屋王の変後には公卿に列した。さらに、麻呂の管轄から「天王貴平知百年」との文字のある亀を献上すると、善政への祝福の証であるとして、天平への改元が行われた。変後の武智麻呂の政治体制の宣伝や、麻呂の妹である光明皇后立后にも繋がったと見られる。

「白鼠吉兆の亀お歳暮に 藤原麻呂 に感じて」

お歳暮が12月の季語です。麻呂は「上には聖主有りて、下には賢臣有り、僕のごときは何を為さんや。なお琴酒を事とするのみ」と語っていたと言います。権勢欲に乏しく自虐的とも思われる性格は、上の三兄弟と異なり「密通」とも記されるその出生が影響しているとの見方もあります。

習字は、「白鼠」は控えめに、「吉兆の亀」は派手に、「お歳暮に」はとぼけた感じにしました。亀のために何枚も書きました。


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