川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

豆撒き 81 桓武天皇

昨日は電子辞書に入っている「もう一度読む・日本史」の目次をノートに書き写していました。一項目に一行の感想を書こうと思っています。今日もミニ断食でロングランをして来ました。タラタラ走っていたら自衛隊の方達が抜いて行ったので、付いていこうと頑張りました。でも、また膝を傷めたらと、チョッと反省です。

 「日本史1200人」の第81番の桓武天皇(737〜806)です。

光仁天皇の長男。781年、父から譲位されて天皇に即き、肥大化した仏教の影響を厭い、山城国への遷都を行い長岡京を造営するが、天災や近親者の不幸・祟りが起こり、その原因を天皇の徳がないと民衆に判断されるのを恐れて、10年後に平安京へ改めて遷都した。また、3度にわたる蝦夷征討を敢行、801年の3度目に坂上田村麻呂征夷大将軍とする軍によりほぼ平定された。

「豆撒きで仏や祟り蝦夷もネ 桓武天皇 に感じて」

豆撒きが2月の季語です。桓武天皇はいろいろ払いたいものがあったようです。なお、792年に弓馬に優れた者を選抜する健児制を導入しましたが、間もなく機能しなくなり、9世紀を通じて朝廷は軍事力がない無政府状態となりました。このため有力な農民が自衛のために武装して、武士へと成長することとなりました。

習字は、「豆撒きで」は子供のように、「仏や祟り」はオドロオドロと曲線的に、「蝦夷」は勢いよく直線的に、というつもりで書きました。「夷」に勢いがつきすぎましたが、嫁さんのアドバイスもあり、良しとしました。


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