川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

春霰(アラレ) 105 藤原伊周

 朝、今日はマインドフルネス瞑想入門を聴きながら走りました。ゆっくり走ると片道約40分で終了したので、往復で2回聴きました。自他の幸福を祈り・感謝することは気持ちいいなと思いました。

「日本史1200人」の第105番の藤原伊周(コレチカ974〜1010)です。

兼家の嫡男である道隆の3男。父・道隆の強引な引き立てによる昇進で周囲から反発される。道隆の死後、道隆の弟の道長氏長者の位をめぐり激しく対立する。また、恋愛問題から花山法皇を、道すがら待ち伏せ、従者が放った矢が法皇の袖を突き通した件に端を発する長徳の変で996年に大宰府に左遷され、後に復帰したが、一条天皇の不信を拭えず、失意のうちに37歳で没した。

「オー父よ威張りン坊に春霰(アラレ) 藤原伊周 に感じて」

春霰が3月の季語です。霰は冬ですが春にも見られます。草花や木々の新芽(≒坊や)を傷めたりします。父の道隆が死んでからは自業自得で周囲から冷たくされます。伊周の死後、その邸は群盗が入るほど荒廃し果てました。嫡男道雅は多くの乱行に及び、「荒 三位」と渾名されました。しかし長女は、道長の次男頼宗の正室として重んぜられ、多くの子をなし女系ながらも、伊周の血筋は五摂家に繋がっています。

習字は、「オー父よ」は悲しそうに、「威張りン坊に」は子供が威張ってるように、「春霰」は荒々しく、というつもりで書きました。


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