川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

ピクニック 123 光孝天皇

昨日は、県立図書館での本の見つけ方を、図書分類も利用していこうと調べたり整理したりしました。昨夜は、1時頃から眠れず、朝の海沿いのランは疲れては歩きの繰り返しでした。

 「日本史1200人」の第123番の光孝天皇(830〜887)です。

58代天皇仁明天皇の皇子。陽成天皇藤原基経によって廃位されたのち55歳で即位する。即位後も不遇だったころを忘れないようかつて自分が炊事をして、黒い煤がこびりついた部屋をそのままにしておいたという話が残っている。藤原基経が関白として政務を行う。宮中行事の再興に務め、和歌・和琴などに秀でていたとされ、鷹狩を復活させ、相撲を奨励したりしているが、在位3年で病死した。

「ピクニック和歌に鷹狩相撲もネ 光孝天皇 に感じて」

ピクニックが3月の季語です。野遊びの同意語として歳時記に入っています。文武両道でも昔は早死したんですね・・・光孝天皇は晩年は、政治改革を志向するとともに、宇多院の近くに勅願寺創建を計画しますが、実現を見ないで終わりました。

習字は、「ピクニック」は楽しそうに、「和歌に」は柔らかく、「鷹狩」はスッキリ、「相撲もネ」は子供っぽく、というつもりで書きました。


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