川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

日向ぼこ 166 平頼盛

 昨夜は、隣町の友夫妻とお店で楽しく飲みました。で、今日はゆっくり起きてランを休みました。

「日本史1200人」166 平頼盛(1132〜1186)

忠盛の子。清盛とは異母弟であったが不仲であった。保元の乱の後に昇殿を果たしたが、平治の乱の後には官位を据え置かれた。1183年、平氏木曾義仲に撃破され、後白河院比叡山に脱出したことで、都落ちすることにしたが、山科方面に出兵していた頼盛には知らされなかった。都に戻り、解官後の頼盛は八条院の庇護を受けていたと思われる。一方、母の池禅尼平治の乱後、源頼朝を救ったため、頼朝は都に残っていた頼盛を保護した。頼朝は頼盛を「父の如く」もてなした。それは旧恩だけでなく後白河院八条院と太いパイプを持つ頼盛の参入に、心強さを感じていたことも理由の一つとして考えられる。平氏滅亡後は出家したが、子孫は栄えた。

「外されて少し好かれて日向ぼこ 平頼盛 に 端遊」

日向ぼこが12月の季語です。平氏からは外されて、源氏には庇護された頼盛の様子をイメージしました。頼盛には平氏一門、院近臣、親鎌倉派という複数の顔があり、どの陣営からもそれなりの厚遇を受けていました。しかし、その待遇にはどこか距離があり、頼盛はどの陣営にも居場所を得ることのできない異分子であり続けました。

習字は、「外されて」は怒って、「少し好かれて」は戸惑って、「日向ぼこ」は幼く、というつもりで書きました。


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