川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

安居 263 無学祖元

 朝、今日も雨なので、隣町のランは休み、バイクを漕ぎました。東京に行く予定が遅くなったので、チョッと気が抜けました。

「日本史1200人」263 無学祖元(1226〜1286)

南宋の禅僧、仏光禅師の名で知られる。1279年に北条時宗の招きによって来日し、建長寺円覚寺に兼住して日本の臨済宗に影響を与えた。その指導法は懇切で、老婆禅と呼ばれ、多くの鎌倉武士の参禅を得た。1281年の2度めの元寇である弘安の役に際して、その一月前に祖元は元軍の再来を予知し、時宗に「莫煩悩」(煩い悩む莫(な)かれ)と書を与えた。祖元によれば、日本が元軍を撃退した事に対して、時宗は神風によって救われたという意識はなく、むしろ禅の大悟(ダイゴ)によって精神を支えたとする。

「安居して大悟してはと老婆禅 無学祖元 に 端遊」

安居(アンゴ)が5月の季語です。夏の間、僧が一定の場所で修行することをいいます。「大悟しては」なんて気楽に言えないでしょうが、そこは老婆です・・・「無学祖元坐像」は 神奈川・円覚寺舎利殿の背後の開山堂に安置されています。1286年の示寂直後に作られたとみられます。眼差しは鋭いながら口元は優しく、今にもこちらに語りかけそうな迫真性を持ち、鎌倉時代肖像彫刻の中でも、傑作中の傑作と評されています。

習字は、「安居して」はスッキリと、「大悟してはと」は大胆に、「老婆禅」は柔らかく、というつもりで書きました。


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