川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

摂待 338 蓮如

 朝、隣町に行って、二人でいつものコースを楽しく走りおしゃべりして来ました。

「日本史1200人」338 蓮如(1415〜1499)

僧(浄土真宗)、本願寺8世、幼名は布袋丸。蓮如が生まれた当時は、本願寺は他宗に圧され衰退していた。17歳で得度(出家)し、本願寺再興を図り、「御文」を使って布教に努めた。「御文」とは開祖・親鸞の教義を手紙形式で書き綴ったもので、このわかりやすさが民衆に受け、その後に大教団へと成長した。1448年、加賀国(石川県)で浄土真宗(一向宗)信徒と在地の領主らによる加賀一向一揆が起きると、蓮如は「消息(騒動しずめの御文)」を送り、これを鎮めた。蓮如は妻と4度の死別を経て5回結婚し、生涯で27人の子に恵まれた。

「摂待に御文を広げ輪を拡げ 蓮如 に 端遊」

摂待が8月の季語です。供養のため、仏家で門前に湯茶を用意し往来の人に振る舞うことです。「御文」は後に孫の円如が「五帖御文」「帖外御文」としてまとめました。また、弟子たちが蓮如の言行を「蓮如上人御一代聞書」全316箇条に残しました。

習字は、「摂待に」はサラリと、「御文を広げ」は優しく、「輪を拡げ」はおおらかに、というつもりで書きました。


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