川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

星祭 339 観阿弥

 朝、一人で海沿いを走って来ました。途中から雨が降ってきて、久しぶりにずぶ濡れになりました。

「日本史1200人」339 観阿弥(1333〜1384)

世阿弥の父、観世座の祖。田楽が流行する中、猿楽能で足利義満の庇護を受け、一座は幕府のお抱えとなる。観世一座が人気を博した原因は、大和猿楽が得意とした物真似芸に、田楽の優美な舞や、南北朝に流行した曲舞(クセマイ)の音曲を取り入れた新演出が、当時の観客の心に強い感興をおよばしたことだといわれている。観阿弥は「大柄であったが、女を演じると優美であった」「大和猿楽伝来の鬼の能にすぐれていた」「貴顕にも民衆にも愛された」などと息子世阿弥の伝書に散見される。

「女(メ)は優し鬼は激しと星祭 観阿弥 に 端遊」

星祭(ホシマツリ)が8月の季語です。本来は牽牛・織女の二星の祭りです。句は祭の夜に行われたであろう猿楽能をイメージしました。観阿弥は作品も多く残しています。後世に改作されていますが、「自然居士」「小町(現行・卒塔婆小町)」「四位少将(現行・通小町)」などです。

習字は、「女は優し」は柔らかく、「鬼は激しと」は強く、「星祭」はサラリと、というつもりで書きました。


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