川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

鼬(イタチ) 169 平時忠

 朝、一人で海沿いをロングランして来ました。空が朝焼けでビックリするほど広く染まっていました。

「日本史1200人」169 平時忠(1127〜1189)

清盛の妻・時子の弟。1173年、時忠が責任者となって造営していた建春門院の御願寺・最勝光院が完成した。翌年の正月には、従二位に叙せられ、「一門にあらざらん者はみな人非人なるべし」との発言をしたとされる。権勢を振るったが、壇ノ浦で捕虜となった。時忠は神鏡を守った功績により減刑を願い、源義経に取り入ることで保身を図った。結局、頼朝に能登に流されたが、配地では丁寧に遇されていたようである。また、都に残された時忠の家族にも特に圧迫が加えられた様子はない。娘の宣子は後鳥羽天皇典侍となっている。

「僕は人君は非人と鼬(イタチ)かな 平時忠 に 端遊」

鼬(イタチ)が12月の季語です。鶏小屋を襲って卵や雛を盗んだり、親鳥の血を吸います。捕まえようとすると悪臭を放ちます。何だかチョッと時忠に似ています。時忠は一回目の失脚では清盛に、二回目の失脚では後白河法皇に切り捨てられ、政界復帰後は建春門院側近としての活動が顕著となります。

習字は、「僕は人」はサラリと、「君は非人と」は悔しく、「鼬かな」は狡く、というつもりで書きました。


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