川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

出目金 262 蘭渓道隆

 朝、一人で海沿いを走って来ました。折り返し地点で知人と一声二声話したら元気が出ました。雨も降ってきました。

「日本史1200人」262 蘭渓道隆(1213〜1278)

南宋の禅僧。1246年に来日し、北条時頼の帰依を受けて鎌倉に建長寺を開いた。鎌倉仏教・臨済宗を広め、多くの弟子を育成した。元寇の際には密偵と疑われたり、讒言により甲斐国(山梨県)に流されたりしたこともあるが、建長寺に帰り死去した。肖像画では黒目の周りを金泥で縁取り、肖像彫刻でも瞳の中心の黒の周囲に放射線上に金泥線を引いている。こうした目への拘りは、雲水たちを厳しく見つめる蘭渓道隆の眼光表現だと考えられる。

「雲水よ慎み励め出目金ぞ 蘭渓道隆 に 端遊」

出目金が5月の季語です。金魚は中国から渡来したと伝えられています。目の周りから金の光を発するような蘭渓道隆に掛けたダジャレです・・・鎌倉五山第一位の建長寺は、1886年に修業僧の学校・宋学林を設立しました。現在の鎌倉学園中学校・高等学校の前身であり、卒業生に堺正章桑田佳祐らがいます。

習字は、「雲水よ」はサラリと、「慎み励め」は強く、「出目金ぞ」は可笑しく、というつもりで書きました。


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