川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

侘助 420 北条氏直

朝、海沿いを走ってきました。今年一番の寒さの中を走りましたが、手袋をしなくても手が悴みませんでした。

「日本史1200人」420 北条氏直(1562〜1591)

後北条氏第5代当主、戦国大名北条氏政の次男。兄の新九郎は早世したため嫡男として扱われ、18歳の時に父の隠居により家督を継いだ。父と共に後北条氏の最大版図を築き上げたが、北条家内の対立などによる外交の失敗で、豊臣秀吉による小田原征伐を招いた。小田原城で籠城すること4月カ月に及んだが、城を完全包囲され支城が陥落し、重臣の寝返りなどもあり、氏直自身の切腹により将兵の助命を請おうと、秀吉に降伏した。秀吉は氏直の申出について神妙とし、家康の婿であることもあり助命された。他方、父・氏政などは切腹となった。1591年から家康を通じて赦免活動を開始し秀吉からも内諾を得たが大坂で病死した。

「神妙と助命でも婿は侘助 北条氏直 に 端遊」

侘助(ワビスケ)が1月の季語です。一重の小さな花で、茶席の床の間に飾られます。父や家臣は切腹で侘びしかったかな・・・北条記では、「氏直君は判断力に富んでいたが、虚弱な体質であったため、裁決を人まかせにする過ちを犯したために、家を失うこととなった」とあります。

習字は、「神妙と」はスッキリと、「助命でも」は大胆に、「婿は侘助」は弱く、というつもりで書きました。


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