川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

山笑う 464 諏訪頼忠

朝、今日も雨なのでランは休みました。寒かったけどシャワーを浴びました。

「日本史1200人」464 諏訪頼忠(ヨリタダ;1536〜1605)

戦国から江戸時代初期の武将、信濃諏訪藩の基礎を築いた、諏訪頼重の従弟。1542年に諏訪大社上社の大祝(オオホウリ;依り代)となった。1582年、武田氏が滅亡し、信長が死去すると、諏訪家旧臣に擁立されて諏訪氏家督を継ぎ、侵攻してきた徳川家康と対抗したが、敗れて和睦の形で臣従する事となった。1590年、家康が関東に移ると頼忠もこれに従い諏訪を離れ、1592年には上野国総社に所領を与えられた。この頃に家督を嫡男の頼水に譲った。1600年の関ヶ原の戦いでは、頼水が諏訪勢を率いて出陣し、頼忠は江戸城留守居役を務めた。この戦功により、信濃国諏訪高島2万7千石へ移封となり、頼忠は再び諏訪の地を踏んだ。

「大祝(オオホウリ)やっと満願!山笑う 諏訪頼忠 に 端遊」

山笑うが3月の季語です。春の山々が明るく芽吹き始めた様子です。故郷の地を踏んだ頼忠にはそう見えたかな・・・大祝の時、1564年には武田信玄から祈祷を依頼され、また1566年には祭礼再興に尽力しています。1578年の武田勝頼による諏訪大社の造営には、頼忠もこれに携わっています。

習字は、「大祝」はスッキリと、「やっと満願!」は明るく、「山笑う」は大胆に、というつもりで書きました。


f:id:tanyuu4792:20240326103712j:image