川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

舟芝居 503 清水宗治

土曜日・日曜日は「毎日おにぎり365日」を読んで、今後の晩御飯のメニューを考えていました。今日の朝は雨が降っていたのでランは休みました。

「日本史1200人」503 清水宗治(ムネハル;1537〜1582)

戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、備中高松城主。三村氏家臣であったが、1566年に毛利氏に降伏し家臣となり高松城主となった。1582年、豊臣秀吉高松城の水攻めにあい、城兵が飢餓状態に陥り、兵の助命を条件に城を明け渡し切腹した。水攻めの際には、兵の士気を高めるために率先して城壁に立ち敵を射撃し、兵が飢餓状態に陥った際には、自らも粥をすすりながら兵を励ました。静かに座禅を組み、水上の舟において切腹した。清水宗治の死は、豊臣秀吉による中国地方平定の象徴的な出来事として語り継がれている。

「語り継げ!我が大将の舟芝居 清水宗治 に 端遊」

舟(フナ)芝居が5月の季語です。舟舞台の上で歌舞伎狂言などを演じることで、今は5月3〜5日に行われます。舟上での切腹は一世一代の舟芝居です・・・勇猛果敢な武将として知られる一方で、茶人としての風雅な一面も持ち合わせ、茶道の祖である千利休と親交がありました。高松城跡には清水宗治の像が建てられています。

習字は、「語り継げ」はスッキリと、「我が大将の」は堂々と、「舟芝居」は大胆に、というつもりで書きました。


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