川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

鳥渡る 174 カトリーヌ・ド・メディシス

 朝、起きて走るのが嫌で30分遅れて起きましたが、走り出したら意外と調子がよく、東京に来て一番の走りでした。

「世界史1200人」174 カトリーヌ・ド・メディシス(1519〜1589)

フランス王妃。イタリアの名門メディチ家出身で14歳で後のアンリ2世と結婚する。しかしアンリ2世は事故で40歳で死去したため、15歳の長男を即位させたが翌年に逝去した。次いで10歳の次男をシャルル9世として即位させ、自身は摂政となった。スペイン・イギリスに対抗するために、国内の宗教勢力と結束しようとし、新教徒と手を結び、旧教徒にも接近した。これが両教徒の抗争を招く結果になりユグノー戦争が勃発した。カトリーヌは新教徒の大虐殺(サンバルテルミの虐殺)を起こし、このためシャルル9世は心労で急死した。戦いは混迷化し、病に伏したカトリーヌは苦悩の末に死去した。

「虐殺の呪い運ぶか鳥渡る カトリーヌ・ド・メディシス に 端遊」

鳥渡るが10月の季語です。渡り鳥を指しています。カトリーヌの苦悩の末の思いをイメージしました・・・ユグノー戦争は、礼拝中の新教徒・ユグノー(カルヴァン派)が旧教徒のギーズ公に襲われたことをきっかけに起き、新教側にイギリス、オランダ、ドイツの新教諸侯、旧教側にローマ教皇スペイン王がつき、国際戦争に発展しました。

習字は、「虐殺の」は強く、「呪い運ぶか」は大胆に、「鳥渡る」はサラリと、というつもりで書きました。


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