川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

寒肥 232 ヴィルヘルム1世

朝、夢の続きをうつつに考えていたら、1時間遅く起きてしまいました。風が強いのでバイクを漕ぎました。

「世界史1200人」232 フリードリヒ・ヴィルヘルム1世(1688〜1740)

プロイセン王、フリードリヒ1世の子。粗暴で無教養だったが、財政・軍制の改革により20万人の大軍隊を整備し、強大なプロイセンの基礎を築き兵隊王とあだ名された。王は長身の兵を偏愛し、そのような兵のみを選抜したポツダム巨人軍と呼ばれる近衛連隊を組織したことは有名である。また、王は非常に多くの細かい勅令を出し、例えば「市場にて商いをする物売り女たちは、暇なとき無駄話をする代わりに糸を紡ぐべし」というようなものであり、しばしば王みずから勅令が守られているかどうかを視察し、違反者は容赦なく杖で打たれた。

「巨人にも寒肥撒けとちマちまト ヴィルヘルム1世 に 端遊」

寒肥(カンゴエ)が1月の季語です。寒中に肥料をやり、春に効果が出るようにすることです・・・違反を犯していないものでも王の姿を見ると逃げ出し、追いかけて捕まえ問い詰めて「王が恐ろしいので」と返答すると、王は「私を好きになるんだ!」と打ちのめしたという逸話があります。

習字は、「巨人にも」はゆったりと、「寒肥撒けと」は嫌々と、「ちマちまト」は撒いて、というつもりで書きました。「ちマちまト」は実際に大小の消しゴムを、ばら撒いた位置にしました。


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