川柳と習字を与那国島から

日本史と世界史を題材に最西端の島から!

虻 473 斎藤龍興

朝、善福寺川沿いを走ってきました。明日、強い雨が降りそうなので、今日で桜は見納めかなと思いながら走りました。

「日本史1200人」473 斎藤龍興(タツオキ;1548〜1573)

美濃国戦国大名。父・義龍の死により14歳で家督を継いだが、祖父や父と比べると凡庸で、家臣の信望を得ることができなかった。1567年には家臣が信長に内応した為、遂に稲葉山城を落とされ北伊勢の長島へと退散した。当時20歳で、以降は再び大名として美濃に返り咲くことはなかった。亡命した龍興は1570年に始まる長島一向一揆に参加し、信長に対する抵抗を継続した。また、三好三人衆と結託して、信長が擁立した室町幕府将軍・足利義昭を攻め殺そうとしたが敗退した。その後、越前国朝倉義景の下へ保護され、1573年に義景が信長と対決するために出陣した際にも従軍したが、敗れて刀禰坂で戦死した。

「信長め!めっめっめっと虻が飛ぶ 斎藤龍興 に 端遊」

虻(アブ)が4月の季語です。うなりながら人や家畜に飛んで来て血を吸います。何やら龍興のようです・・・興国寺の伝説によると、龍興は戦死してはおらず、1569年に興国寺に隠れ、九右ェ門と改名し付近の原野を開拓して住みつきました。江戸時代に入った1611年に家督を子に譲り、興国寺の住持となりました。興国寺には、龍興が持参したという鎧鞍と念持仏が伝えられています。

習字は、「信長め!」は恨んで、「めっめっめっと」は強く、「虻が飛ぶ」は弱く、というつもりで書きました。


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